日本のAI法とは? 日本初の包括的AI法と企業に求められるAIガバナンス

日本のAI法とは? 日本初の包括的AI法と企業に求められるAIガバナンス

2025年、日本では初となる包括的なAI基本法である「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(AI法)」が成立しました。

生成AIやAIエージェントの急速な普及により、AIは一部のIT企業だけの技術ではなく、あらゆる企業や組織の業務に欠かせない存在となっています。一方で、個人情報の漏えい、著作権侵害、ディープフェイク、AIによる誤判断や差別的な出力など、新たなリスクへの対応も企業に求められるようになりました。

こうした状況を受け、日本はAIの研究開発や社会実装を積極的に推進しながら、安全性・透明性・信頼性を確保するための新たな法制度としてAI法を制定しました。

このAI法はEUの「EU AI Act」のように企業へ、直接罰則を課す規制法ではありません。そのため、「罰則がないなら対応しなくてもよいのではないか」と考える企業も少なくありません。

AI法は日本のAI政策全体の土台となる基本法であり、AI法を起点として「人工知能基本計画」「AI事業者ガイドライン」「適正性確保指針」などの制度が整備されています。また、AIを利用した結果として生じる個人情報保護法や著作権法など既存法令上の責任、AIインシデント発生時の説明責任、さらには将来的な規制強化への備えという観点からも、企業にとってAIガバナンスの整備は重要な経営課題となっています。

本記事では、日本初のAI法の概要や特徴、日本のAI政策の最新動向を整理するとともに、AIを活用する企業(活用事業者)に求められる責務や、実務上取り組むべきAIガバナンスについて分かりやすく解説します。

目次

日本初のAI法とは何か

日本は、AIの利活用を積極的に後押ししながら、安全性や社会的信頼性も確保するという「推進」と「ガバナンス」の両立を基本理念としたAI法を制定しました。AI法が制定された背景や法律の概要、そして日本のAI法が持つ独自の特徴を整理し、国がAI時代に向けてどのような制度設計を進めようとしているのかを分かりやすく解説します。

 AI法成立の背景

2022年末に生成AI(Generative AI)が急速に普及して以降、AIは企業活動や社会のあらゆる場面で活用されるようになりました。文章作成、プログラミング、画像生成、顧客対応、業務自動化など、その活用範囲は急速に広がり、AIは企業の競争力や国の成長を左右する重要な社会基盤(インフラ)となりつつあります。

その一方、AIの急速な普及は、新たな社会的リスクを生み出しました。著作権侵害、個人情報漏えい、ディープフェイクによる権利侵害、AIによる差別的な判断、誤情報(ハルシネーション)の拡散、サイバー攻撃への悪用など、従来の法制度だけでは対応が難しい課題が世界中で顕在化しています。

こうした状況により、世界各国でAIを「いかに活用するか」だけではなく、「いかに安全で信頼できる形で活用するか」というAIガバナンスの整備が急速に進められるようになりました。

例えば、OECDは「OECD AI Principles」を公表し、UNESCOは「AIの倫理に関する勧告」を採択しました。2023年のG7広島サミットでは、日本が議長国として「広島AIプロセス」を主導し、生成AIの安全性や信頼性に関する国際的なルールづくりを進めています。さらに、EUではEU AI Act、米国ではリスク管理を重視したガイドラインやフレームワークの整備など、各国がそれぞれの考え方に基づく制度づくりを進めています。

日本もこうした国際的な流れを踏まえ、AIの研究開発や社会実装を積極的に推進しながら、AIリスクにも適切に対応するための法的基盤として、2025年に日本初となる包括的なAI基本法「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(AI法)」を制定しました[1]

AI法はAIを規制して利用を制限することを目的とした法律ではありません。AIによるイノベーションを促進するとともに、安全性・透明性・公平性を確保し、国民が安心してAIを活用できる社会を実現することを目指した、日本のAI政策全体の出発点となる基本法です。

AI法の概要と施行スケジュール

AI法の正式名称と位置づけ

AI法の正式名称は 「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」 です。

これまで日本では、生成AIやAIシステムに関するガイドラインや個別法は存在していましたが、AI全体を対象として国の基本方針や推進体制を定めた法律はありませんでした。

AI法は、日本で初めてAIを包括的に扱う基本法であり、AI法の制定により、日本のAI政策は法律に基づく国家戦略として推進され、AIの研究開発・社会実装を推進しながら、安全性・透明性・信頼性を確保するための国家的枠組みとして制定されました。

EUの「EU AI Act」のような罰則付きの規制法ではなく、AI推進とAIガバナンスを両立させる推進法という位置づけです。

AI法の目的

AI法の目的を、人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律第一条より引用します。

この法律は、人工知能関連技術が我が国の経済社会の発展の基盤となる技術であることに鑑み、人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する施策について、基本理念並びに人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する基本的な計画の策定その他の施策の基本となる事項を定めるとともに、人工知能戦略本部を設置することにより、科学技術・イノベーション基本法(平成七年法律第百三十号)及びデジタル社会形成基本法(令和三年法律第三十五号)その他の関係法律による施策と相まって、人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図り、もって国民生活の向上及び国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。(人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律第一条)[2]

AI法は、AIを禁止したり制限したりする法律ではなく、 「AIを安全に、そして積極的に使うための社会基盤づくり」 の目的を達成するための国家の方針を法定化したものです。

AI法の構成

AI法は次の4章で構成されています。

  1. 総則  目的・基本理念・定義・活用事業者の責務(企業が関係する部分)
  2. 基本的施策  国・自治体が取り組むべきAI推進施策
  3. 人工知能基本計画  日本のAI政策の羅針盤となる国家戦略の策定
  4. 人工知能戦略本部  AI政策を総合的に推進する司令塔組織の設置

このうち、企業が直接関係するのは主に 第1章(総則) の「活用事業者の責務」です。

AI法の施行スケジュール(段階的施行)

AI法は、2025年に段階的に施行されました。

  • 2025年5月:国会で成立
  • 2025年6月4日:公布・一部施行
  • 2025年9月1日:全面施行(政令により確定)

特に、

  • 人工知能基本計画(第3章)
  • 人工知能戦略本部(第4章)

については、公布から3ヶ月以内に施行される仕組みが採用されました。

AI法は、国が強力な推進体制を整えることを前提とした法律です。

そのため、

  • 司令塔組織(人工知能戦略本部)の設置
  • 国家戦略(人工知能基本計画)の策定
  • 省庁横断の連携体制の構築

など、準備に時間を要する施策については、 国は体制を整えつつ、 AI政策を計画的に実行できるよう、段階的施行が採用されました。

日本AI法の特徴

日本AI法(人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律)は、AIの利用を一律に規制することを目的とした法律ではありません。AIの研究開発や社会実装を促進しながら、安全性・透明性・公平性などを確保するAIガバナンスを推進し、イノベーションと信頼性の両立を目指す「基本法」として制定されました。

また、AI法は単独で完結する法律ではなく、日本のAI政策全体を支える基盤となる法律です。人工知能基本計画や人工知能戦略本部を中心に、AI事業者ガイドラインや適正性確保指針などの関連制度と連携しながら、国・自治体・研究機関・事業者が一体となってAIを安全かつ効果的に活用するための枠組みを構築しています。

AI推進とAIガバナンスの両立

日本のAI法の最大の特徴は、AIの研究開発・利活用を積極的に促進するAI推進と、安全性・透明性・公平性を確保するAIガバナンスを両立させている点です。

EU AI Actのように、リスクに応じた規制や罰則を中心とする法制度とは異なり、日本のAI法はAIのイノベーションを阻害しないことを重視しつつ、信頼できるAIの実現に向けた基本理念や国・事業者の責務を定める基本法として位置づけられています。

一方で、安全性や透明性、人権への配慮など、信頼できるAIの実現に向けた基本理念を示し、国・自治体・研究機関・事業者がそれぞれの役割を果たしながらAIを活用することを求めています。

日本のAI法は、AIを規制する法律ではなく、AIを安心して活用できる環境を整備するための推進法として位置付けられています。

AI政策全体の土台となる基本法

日本AI法は、AIに関する個別の規制を細かく定める法律ではなく、日本のAI政策全体の基本理念や推進体制を定める基本法です。

この法律を土台として、人工知能基本計画、人工知能戦略本部、AI事業者ガイドライン、AIの適正性確保に関する指針、各省庁のAI関連施策、AIセーフティ・インスティテュートなどが相互に連携しながら整備・運用されていきます。AI法は単独で完結する法律ではなく、日本のAIガバナンス全体を支える政策基盤としての役割を担っています。

これらはすべてAI法を根拠として整備されており、 AI法は日本のAIガバナンス体系の土台 と言えます。

政府が中核となり、省庁横断でAI政策を推進

日本AI法は、従来の省庁ごとに分散していたAI施策を一本化し、 政府が中心となって省庁横断でAI政策を統合的に進める体制を整備しました。

内閣に人工知能戦略本部を設置し、政府全体を横断してAI政策を推進する体制を整備しています。

また、人工知能基本計画を策定し、AI研究開発の推進、AI人材の育成・確保、AIの社会実装・産業利用の促進、国際連携・国際ルール形成への参画、AIリスクへの対応などを中長期的な国家戦略として推進することが定められています。

これまで各省庁が個別に進めていたAI施策を、政府全体で共有された国家戦略のもと、一体的・総合的に推進する体制が構築されました。

現時点では罰則はないが、将来的な規制的措置も視野に入れている

日本のAI法は、現時点ではEU AI Actのような包括的な行政罰や制裁金を伴う規制法ではありません。ただ、将来にわたって規制を行わないとは言い切れません。

法案成立時の国会の附帯決議では、次のような方針が示されています。

「既存の法令やガイドライン等によっては対応が困難な新たなリスクが顕在化した場合においては、そのリスクの程度に応じて規制の度合いを変えるリスクベースアプローチに基づいた規制的措置の導入も含め検討し、その結果に応じて必要な措置を講ずること」

第217回国会閣法第29号 附帯決議[3]

AI技術の進展によって新たな社会的リスクが生じ、既存の法律やガイドラインだけでは十分に対応できなくなった場合には、AIのリスクの大きさに応じて規制の強弱を決める「リスクベースアプローチ」に基づく規制の導入も検討するという考え方です。

つまり、日本AI法は現在は「推進」と「自主的なAIガバナンス」を基本としていますが、将来的にはAIの発展状況や社会への影響を踏まえながら、必要に応じて規制を強化する余地を残した制度設計となっています。

企業にとっては、「現時点では罰則がないから対応は不要」と考えるのではなく、将来の制度変更も見据えてAIガバナンス体制を整備しておくことが重要です。

AI法によって日本のAI政策はどう変わるのか

AI法の施行によって最も大きく変わるのは、AIそのものではなく、日本のAI政策の進め方です。

これまで日本では、AIに関する施策やガイドラインは各省庁が個別に策定・運用していました。しかし、AI法の施行により、国の明確な基本方針のもとでAI政策を一体的・戦略的に推進する強力な枠組みが整備されました。

その一元化された推進体制の中核となるのが、「人工知能基本計画」と「人工知能戦略本部」です。そのもとに、企業が実務で対応すべき「AI事業者ガイドライン」や「適正性確保指針」、技術的な安全性評価を担う「AIセーフティ・インスティテュート(AISI)」などが連携し、日本全体のAIガバナンスを支える有機的なシステムが構築されつつあります。

ここでは、AI法によって、日本のAI政策が具体的にどのように変化し、機能し始めているのかを詳しく見ていきます。

「人工知能基本計画」の策定:日本のAI政策の羅針盤

AI法第3章では、政府が日本のAI政策を総合的かつ計画的に推進するため、「人工知能基本計画」を策定することが定められています。

人工知能基本計画は、日本が目指すAI社会の方向性や重点施策を示す国の最上位のAI政策であり、中長期的な視点からAI政策を推進するための「羅針盤」となるものです。

これまでAI政策は、各省庁が個別に施策を進める側面がありましたが、AI法の施行により、基本計画を中心として政府全体が共通の方針のもとで政策を展開する仕組みが整えられました。

計画に盛り込まれる主な内容

人工知能基本計画では、次のような幅広い政策分野について基本方針や施策が示されます。

  • AIの研究開発の推進
  • AIの社会実装・産業利用の促進
  • AI人材の育成・確保
  • 行政分野におけるAI活用
  • AIの安全性・透明性・信頼性の確保
  • ディープフェイクや偽情報など新たなAIリスクへの対応
  • 国際連携と国際ルール形成への参画

このように、技術開発だけでなく、産業政策、人材政策、安全保障、AIガバナンスまでを含めた包括的な国家戦略となっています。

企業への影響

人工知能基本計画は単なる政策文書ではなく、企業活動にも大きな影響を及ぼします。

例えば、AI関連の補助金・助成金、税制優遇措置、研究開発支援、官公庁のAIシステム調達、AI人材育成施策などは、基本計画の方針に基づいて具体的な制度や予算が設計・実施されます。

そのため、AI関連ビジネスを展開する企業やAIの導入を進める企業にとって、人工知能基本計画は国の支援策や市場の方向性を読み解くための重要な戦略文書といえるでしょう。

「人工知能戦略本部」の設置:政府横断でAI政策を統合する司令塔

AIの研究開発や利活用は、産業、通信、教育、医療、防災、安全保障など幅広い分野に関わるため、従来は経済産業省、総務省、文部科学省、デジタル庁など、複数の省庁がそれぞれの所管分野で個別に施策を進めてきましたが、AIは一つの省庁だけで対応できるテーマではなく、省庁間の連携不足や「縦割り行政」が課題として指摘されていました。

そこでAI法第4章では、政府全体のAI政策を統括する司令塔として、「人工知能戦略本部」が内閣に設置されました。

人工知能戦略本部とは

人工知能戦略本部は、内閣総理大臣を本部長とし、全ての国務大臣を構成員とする政府横断の組織です。必要に応じて、有識者や関係機関の意見も取り入れながら、日本のAI政策を総合的かつ計画的に推進します。

主な役割は次のとおりです。

  • 人工知能基本計画の策定・推進
  • AI政策の総合調整
  • 関係省庁との連携
  • AIガバナンスに関する重要施策の検討
  • 国際的なAI政策との連携

これにより、これまで省庁ごとに個別に進められていたAI施策を、国家戦略として一体的に推進できる体制が整備されました。

企業への影響

企業にとって、人工知能戦略本部の設置には大きな意味があります。これまでは、AIに関する制度やガイドラインが複数の省庁から示されるため、どの政策を重視すべきか分かりにくい面がありました。

今後、人工知能戦略本部が策定する人工知能基本計画を中心に、各省庁の施策やガイドラインが連携して整備されるため、企業は国のAI政策全体の方向性を把握しやすくなります。

また、AIに関する新たな制度やガイドライン、重点施策についても、政府横断の視点から検討・調整が進められることで、政策の一貫性や機動性の向上が期待されています。

「AI事業者ガイドライン」:企業が日々の実務で参照する指針

AI法によって企業にはAIガバナンスへの取り組みが求められるようになりました。しかし、AI法は基本理念や方向性を示す基本法であり、企業が日々の業務で具体的に何を実践すべきかまでは詳細に定めていません。

その実務上の指針となるのが、総務省と経済産業省が策定・公表している「AI事業者ガイドライン」です。

AI事業者ガイドラインは、AIを開発する事業者、AIサービスを提供する事業者、そしてAIを業務で利用する活用事業者、それぞれに期待される役割や留意事項を整理した実践的なガイドラインです。特に、AIを利用する一般企業にとっては、責任あるAI活用を実現するための日々の実務で参照すべき重要な指針となります。

AI事業者ガイドラインの位置づけ

AI事業者ガイドラインは、AI法の基本理念を企業の実務へ落とし込むための指針として位置付けられています。

企業がAIを導入・運用する際に、

  • どのようなリスクに配慮すべきか
  • どのような管理体制を整備すべきか
  • AIをどのように安全かつ適切に利用すべきか

といった実務上の考え方や対応方法が体系的に示されています。

最新版のAI事業者ガイドライン(第1.2版)は、経済産業省の公式ページから確認できます[4]

AI事業者ガイドライン(第1.2版)本編(PDF)、 概要版、 別添資料 チェックリスト(別添7) 、海外ガイドライン等の参照先(別添9)、ワークシート(Excel)、活用の手引き、AIガイドライン活用チャットボットなどが記載されています。

企業への影響

AI事業者ガイドラインには、企業がAIを利用する際に参考となる具体的な考え方が数多く盛り込まれています。

例えば、生成AIへ入力する個人情報や機密情報の管理、利用目的に応じたAIツールの選定、AIの回答を人が確認・検証する運用体制、AI利用に関する社内ルールやポリシーの策定、従業員へのAIリテラシー教育、AI利用に伴うリスク評価や継続的な改善など、企業がAIガバナンスを実践するうえで参考となる具体的な対応が示されています。

そのため、多くの企業では、このガイドラインを参考にしながら、自社の業務内容やリスクに応じた「社内AI利用ガイドライン」や「AI利用ポリシー」を整備しています。

「適正性確保指針」の決定国全体のAIガバナンスの基本指針

AI法第13条に基づき、2025年12月、人工知能戦略本部は「人工知能関連技術の研究開発及び活用の適正性確保に関する指針(適正性確保指針)」を公表しました[5]

適正性確保指針とは

この適正性確保指針は、AIの研究開発や利活用を推進する一方で、安全性・透明性・公平性を確保し、AIによるリスクを適切に管理するための国全体のAIガバナンスの基本指針です。

AI事業者ガイドラインが、企業の実務担当者に向けて「AIをどのように利用・管理すべきか」を具体的に示す実務ガイドラインであるのに対し、適正性確保指針は、日本全体としてAIの安全性や信頼性をどのような考え方で確保していくのかを示す基本指針です。

その対象は企業だけではありません。国、地方公共団体、研究機関、AI開発者、AI提供者、AI活用事業者など、AIに関わるすべての主体が共有すべき基本的な考え方が示されています。

適正性確保指針では、AIの適正性を確保するための基本方針として、

  • リスクベースでのアプローチ
  • ステークホルダーの積極的関与
  • 研究開発から社会実装までの一気通貫のガバナンス
  • 技術や社会の変化に応じたアジャイルな対応

という4つの基本方針を掲げています。

研究開発機関やAIを業務で利用する企業(活用事業者)に対して、AIガバナンスの構築、透明性の確保、AIの安全性の確保、事業継続性(BCP)の確保、データの適正な活用など、AIを安全かつ信頼できる形で活用するために取り組むべき事項を示しています。

企業への影響

適正性確保指針には、企業への直接的な罰則は設けられていませんが、今後企業がAIガバナンスを構築するうえでの基本的な考え方を示す重要な指針となります。

企業向けの実務では、適正性確保指針が「日本のAIガバナンスの基本方針」を示し、その考え方を具体的な業務へ落とし込む実務指針として「AI事業者ガイドライン」が位置付けられています。企業は、適正性確保指針で示された基本方針を踏まえながら、AI事業者ガイドラインなどを参考に、自社のAIガバナンス体制を整備していくことが求められます。

具体的には、AI利用ルールや社内ガイドラインの策定、リスクアセスメントの実施、人による確認・監督体制の構築、従業員への教育・研修、AI利用状況の継続的なモニタリングなどを進め、AIのライフサイクル全体を通じた継続的なリスク管理と改善に取り組むことが期待されています。

AIセーフティ・インスティテュート(AISI):AIの安全性を支える技術基盤

AI法がAIの研究開発や利活用を推進するための制度やルールを整備する法律であるのに対し、AIセーフティ・インスティテュート(AISI:AI Safety Institute)は、その制度を技術面から支える専門機関として設立されました[6]

AIセーフティ・インスティテュート(AISI)とは

生成AIをはじめとするAI技術は急速に進歩し、社会や産業への活用が広がる一方で、ハルシネーション、ディープフェイク、サイバーセキュリティ、バイアス、知的財産権など、新たなリスクへの対応が世界共通の課題となっています。

こうした背景から、日本政府は2023年のG7議長国として「広島AIプロセス」を主導し、国際的なAIガバナンスのルールづくりを推進しました。2023年12月には広島AIプロセス包括的政策枠組が取りまとめられ、AIの安全性に関する国際的な取り組みが本格化しました。

また、英国や米国ではAIの安全性評価や研究を担うAIセーフティ・インスティテュート(AISI)が設立されるなど、世界各国でAI安全性を支える体制整備が進められています。

こうした国際的な潮流を受け、日本でも2023年12月21日のAI戦略会議において岸田文雄内閣総理大臣(当時)がAISIの設立を表明し、2024年2月14日にAIセーフティ・インスティテュート(AISI)が発足しました。

「統合イノベーション戦略2024」に基づき、AISIは情報処理推進機構(IPA)に設置され、日本のAI安全性評価の中核機関として、専門人材の育成・確保、AI安全性評価手法の研究開発、技術的知見の集約、海外機関との連携などを推進しています。

AISIは、日本のAIガバナンスを技術面から支える機関として、次のような役割を担っています。

  • AIモデルの安全性・信頼性の評価
  • ハルシネーションやバイアスなどAIリスクの技術的評価
  • AI安全性評価手法や評価基準の研究開発
  • 国内外の研究機関・AIセーフティ・インスティテュートとの連携
  • AIガバナンスを支える技術的知見の提供

企業への影響

現在、AISIが企業を直接規制することはありませんが、AISIが蓄積する技術的知見や評価手法は、今後のAI事業者ガイドラインや適正性確保指針、さらにはAI関連制度の見直しにも反映されることが期待されています。

そのため、企業はAI法やガイドラインだけでなく、AISIが公表するAI安全性評価やリスク評価に関する最新の知見にも注目し、自社のAIガバナンス体制へ取り入れていくことが重要です。

AIを積極的に活用する企業が、AISIが示す評価手法やベストプラクティスを活用することで、安全性と信頼性を高め、社会から信頼されるAI活用につなげることができます。

AI法によって企業(活用事業者)に求められること

AI法の中で、一般の企業・事業者に最も関係する条項は、第7条と13条と16条です。AIを事業活動で利用する企業を「活用事業者」と位置づけ、第7条において基本的な責務を定め、第16条で国による指導・助言・情報提供を求める権限を持ちます。第13条の適正性の確保に基づく適正性指針によって、活用事業者はAIリスクに対する社会的役割を求められています。

AI法第7条 活用事業者に求められる2つの責務

AI法第7条では、AIを事業活動で利用する企業(活用事業者)に対し、大きく 2つの責務 が定められています。

AIの積極的な活用に努めること(努力義務)

AI法が定める「AIの積極的な活用に努めること」という努力義務は、活用事業者に対して、AIを事業の中核に据えながら業務の効率化や生産性の向上、新たな価値や産業の創出へ向けて主体的に取り組む姿勢を求めるものです。

AIを導入することで、企業は業務プロセスを見直し業務の効率化、これまで人手や時間がかかっていた作業を効率化し、より高度な判断や創造的な仕事に人材を振り向けることで生産性の向上、AIを活用することで新しいサービスやビジネスモデルによる新たな価値の創出、既存の産業構造を変革し新しい産業の創出など、こうした取り組みにより、企業自身の競争力を高めるだけでなく、社会全体のイノベーションを促進する役割を求めています。

日本のAI法は、欧州のような規制中心の枠組みとは異なり、AIの活用を通じて経済や社会を前向きに発展させることを目的としたAI推進型の法律であり、この規定はその特徴を示しています。あくまで努力義務であり、AIを導入しなかったからといって直ちに罰則が科されるわけではありませんが、AIを活用して経済や社会の発展につなげることが期待されています。

国や地方公共団体のAI施策へ協力すること(協力責務)

第7条では、活用事業者は 国及び地方公共団体が実施するAI関連施策に協力する責務を負うと規定されています。

国や地方公共団体が進めるAI関連施策に協力するという協力責務は、AI法の中でも特に社会全体でAIを育てていくという姿勢を示す重要な規定です。活用事業者は、政府が行う調査や政策形成のプロセスに対して、必要な情報を提供したり、実証事業に参加したりすることで、AIの安全性や有効性を高める取り組みに関与することが求められています。

例えば、AI政策に関する調査への協力、AIリスクに関する情報提供、実証事業やガイドライン策定への協力、AI安全性向上のための取り組みへの参画などが想定されます。

企業が政策の受け手であるだけでなく、政策の形成者の一部でもあるという新しい関係性を示していると考えられます。

「協力義務」の対象となる国の施策(AI法第16条)

AI法第7条は、企業に対して「国や自治体が実施するAI施策への協力」を求めています。では、その協力義務の対象となる施策とは何か。中心となるのが、AI法第16条に定められた国による調査・情報収集と指導・助言の仕組みです。

調査・情報収集への協力

AI法第16条では、AIによる国民の権利利益の侵害や社会的リスクに適切に対応するため、国がAIの研究開発や利活用の状況について調査・情報収集・分析を行うにあたり、企業に対し調査・情報収集への協力が定められています。

具体的には、国が実施するAI利用実態調査やアンケートへの回答、AI事故・インシデント情報の提供、AIの安全性やリスクに関する調査への参加などが挙げられます。

指導・助言への対応

また、AI法第16条では、必要に応じて国による事業者への指導・助言や情報提供を実施できることが定められています。調査結果を踏まえ、国からリスク管理体制やAIの利用方法について指導・助言が行われることも想定されています。

国からの指導・助言を踏まえたリスク管理体制の改善、ガイドライン改訂や制度見直しに向けた 意見募集・実証事業への参加など、国が調査結果をもとに示す改善指針に対し、 企業は自社のAIガバナンスを適切に整備することが期待されます。

AI法第16条は、企業を処罰することを目的としたものではなく、AI利用の実態や新たなリスクを把握し、社会全体でAIガバナンスを継続的に改善していくための仕組みです。企業にはAI利用状況や利用ログを適切に管理し、必要に応じて国の調査へ協力できる体制を整えておくことが期待されています。

適正性確保とAIガバナンスの自主的実践(AI法第13条)

AI法第13条は、AIの研究開発や活用が社会的に適正な形で行われるよう、国が国際的な規範に沿った指針を整備することを定めています。この指針(適正性確保指針)は、日本のAIガバナンスの基本方針として、企業がAIを安全かつ信頼できる形で活用するための方向性を示すものです。

企業には、AIガバナンスの構築、安全性・透明性の確保、リスク管理、事業継続性の確保、データの適正な活用などに自主的に取り組み、社会から信頼されるAI活用を推進することが期待されています。

AI法第13条は、一律の義務や画一的な基準を課すものではありません。企業規模やAIの利用目的、社会への影響やリスクの大きさに応じて、適切な水準でAIガバナンスを構築・継続的に改善していくことが求められています。

AI法の施行により企業がAIガバナンスに取り組むべき理由

AI法には企業への包括的な罰則は設けられていません。ただ、AI法の施行を契機として、企業を取り巻くAIガバナンスの環境は大きく変化しています。市場・法務・社会などからの企業の取り組みに対する視線は一変しています。

AIを事業で活用する企業には、法令遵守だけでなく、安全性・透明性・信頼性を確保しながらAIを適切に管理・運用するAIガバナンスの構築が求められています。企業がAIガバナンスに取り組むべき主な理由を挙げていきます。

AI法を根拠として実務に影響する制度が整備・改訂され始めている

AI法の施行を受け、政府は「AI事業者ガイドライン」や「適正性確保指針」など、企業の実務に直結する公式な基準を整備・改訂しています。AI法は、法的な義務ではありませんが、国が定める標準的な注意義務であり、企業がAIを適切に利用するための実務上の基準となっており、社内ルールやAIガバナンスを構築する際の重要な指針です。企業が、その基準に基づいて自主的にどのように取り組んでいるか判断しやすくなってきています。

AI法に罰則はなくても、既存法令による法的責任は発生する

AI法自体には企業への包括的な罰則はありません。ただ、AIを利用した結果、個人情報保護法、著作権法、不正競争防止法、消費者保護関連法令、労働関係法令などの既存法令に違反した場合、企業は既存の強力な罰則付き法令によって法的責任を負う可能性があります。AIを導入すれば法的リスクがなくなるわけではなく、AI時代だからこそ既存の法令を踏まえた適切なリスク管理やガバナンスが不可欠です。

AIインシデント発生時には説明責任が求められる

AIの誤判断や情報漏えい、ハルシネーション、バイアスなどのインシデントが発生した場合には、企業は「なぜその判断に至ったのか」「どのような管理体制を整備していたのか」を説明することが求められます。ガバナンス体制がない企業は、説明責任を果たせず社会的信用を失ったり、重い過失責任を問われる可能性があります。AI利用ルールの整備、利用ログの保存、リスク評価、運用記録などを適切に管理し、説明責任を果たせる体制を構築しておくことが重要になります。

社会から信頼されるAI活用が競争力につながる

AIは企業の業務効率化や新たな価値創出を支える一方で、安全性や透明性への社会的な期待が高まっています。顧客や取引先、投資家、従業員などのステークホルダーから信頼されるAI活用を実現するためには、安全性・公平性・透明性・説明責任を備えたAIガバナンスの構築が重要になります。AIガバナンスはリスク対策であると同時に、企業価値や競争力を高める取り組みでもあります。

将来的な規制強化にも備える必要がある

現在のAI法は推進を重視した基本法であり、企業への包括的な罰則は設けられていません。ただ、AI法の附帯決議では、新たなリスクが顕在化した場合には、リスクベースアプローチに基づく規制的措置の導入も含めて検討することが明記されています。[3]

今後、AI技術や社会情勢の変化に応じて制度やガイドラインが見直される可能性は十分にあります。企業は将来の制度変更にも柔軟に対応できるよう、今の段階からAIガバナンスの体制を整備し、継続的に改善していくことが重要です。

まとめ

日本初の包括的なAI法である「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」は、AIの研究開発や利活用を促進するとともに、安全性・透明性・公平性を確保するAIガバナンスの基盤となる法律です。

EU AI Actのような規制中心の制度とは異なり、日本のAI法は「推進」と「ガバナンス」の両立を基本理念としており、企業に対して包括的な罰則を設けるのではなく、自主的なAIガバナンスの構築を促すことを重視しています。

AI法の施行により、「人工知能基本計画」「人工知能戦略本部」「AI事業者ガイドライン」「適正性確保指針」「AIセーフティ・インスティテュート(AISI)」など、日本のAI政策を支える制度や体制が整備されました。企業は、これらの制度や体制を踏まえながら、AIを安全かつ信頼できる形で活用するための体制整備が求められています。

AI法自体には包括的な罰則はありませんが、AIの利用によって個人情報保護法や著作権法などの既存法令に抵触した場合には法的責任が生じます。AIインシデントが発生した際の説明責任や、社会から信頼されるAI活用への期待も高まっています。

AIガバナンスは、単なるコンプライアンス対策ではありません。AIを安心して活用し、業務効率化や新たな価値創出を実現するとともに、顧客や取引先、社会からの信頼を獲得し、企業の競争力を高めるための経営基盤でもあります。

今後もAI技術や国際的なルールは急速に進化していきます。企業には、AI法や関連ガイドラインの動向を継続的に把握し、自社のAI利用状況やリスクに応じてAIガバナンスを見直し、改善し続ける姿勢が求められます。AIを安心して活用できる企業であることが、これからの時代における企業価値と競争力を左右する重要な要素となると思われます。

(参考文献)

[1]内閣府科学技術・イノベーション推進事務局.人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(AI法).内閣府ホームページ.2025.https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/ai_act/ai_act.html(参照 2026-06-30)

[2]令和七年法律第五十三号.人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律.法令検索.2025.https://laws.e-gov.go.jp/law/507AC0000000053(参照 2026-06-30)

[3]第217回国会閣法第29号附帯決議.人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律案に対する附帯決議.衆議院ホームページ.2025.https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_rchome.nsf/html/rchome/Futai/naikaku2C59590D86DDF9A049258C73000C0C74.htm(参照 2026-06-30)

[4]経済産業省商務情報政策局情報経済課.AI事業者ガイドライン(第1.2版).経済産業省ホームページ.2026.https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/20260331_report.html(参照 2026-06-30)

[5]人工知能戦略本部.人工知能関連技術の研究開発及び活用の適正性確保に関する指針.内閣府ホームページ.2025.https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/ai_guideline/ai_gl_2025.pdf(参照 2026-06-30)

[6]AIセーフティ・インスティテュート.AISIについて.AISIJAPANホームページ.2026.https://aisi.go.jp/about/(参照 2026-06-30)

鈴木雅義

鈴木雅義

情報機器メーカーにて、法人向け営業として長年にわたり従事。多様な業種・業態、規模の企業に対し、新規顧客開拓から課題解決型のソリューション提案、アライアンス連携、導入後の保守サポートまで一貫して対応し、顧客との長期的な信頼関係を築いてきました。

45歳で早期退職制度を活用し、第二のキャリアとしてITベンチャー企業やヘルスケアソリューション企業に参画。
新たな環境での挑戦を通じて、Webシステムを活用したITソリューションの企画・導入、健康、ウェルネス分野における地域課題解決型の事業推進などを経験しました。

現在は、業務委託や地域コミュニティ活動などに従事しながら、これまでの経験や知見を活かして、地域社会や次世代への貢献に取り組んでいます。
特に、高齢者のやりがい・生きがいの創出や、「貢献寿命」の延伸に関心を持ち、「年齢を重ねても、誰かの役に立てる喜びを感じながら生きる」——そんな社会の実現に向けて、自らも実践者として歩みを進めています。

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